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【2025年まとめ】モロサレドとばすていの2025年を振り返る

【2025年まとめ】モロサレドとばすていの2025年を振り返る 日常
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どうもでございます。

ばすてい(@morosaredo)です。

半年以上行方をくらましていましたが、また記事を書こうと思います。


今までも半年くらい更新がストップすることはありましたが、今回はTwitterもログインせず、完全に活動を停止していました。


忙しくて記事が書けないのだろう、とか、そもそもばすていとしての活動を辞めるつもりなのではないか、みたいな予想をしていた方もいらっしゃるかもしれませんが、ちょっと違う理由です。


2026年の前半はすべての活動をいったん停止しようと、2025年の秋頃から考えていました。つまり、計画的な活動の停止であります。


前置きが長くなりすぎてしまうので、この辺の話は記事内の「10月を振り返る」あたりで書こうと思います。


というわけで、私の2025年をサクッと振り返ります。


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1月を振り返る

風邪と共に明けぬ

「2024年を振り返る」の記事でも書いた通り、風邪をひいて年の瀬を迎えたわけだが、当然風邪をひいて年を越している。


辛すぎて何も手につかなかったので、おとなしく布団で佐良直美さんのYouTubeを見ていた。

撮影を始めた瞬間に犬が吠え始めるし、グダグダ過ぎて面白い。


※佐良直美……1960年代の歌手。特段、佐良直美さんが好きということでもない。


川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム と 川崎大師

小学生の頃からの念願だった「藤子・F・不二雄ミュージアム」へ行った。

2011年に神奈川県川崎市に開館した、藤子・F・不二雄先生の記念館だ。


ほぼ近所みたいなものなので行こうと思えばいつでも行けたのだが、気付けば開館から15年も経ってしまっていた。


当サイトでも何度か書いているが、私は未就学児の頃からずっとドラえもんが大好きで、小さい頃は金曜日の19時が一週間でいちばん好きな時間だった(当時、関東では『ドラえもん』の放送は金曜19時だった)。


小学1年生だった私。

いつものように楽しくドラえもんを見ていたら、「藤子・F・不二雄ミュージアム」なるものが開館するということを知る。


当然、即座に親のもとへ走り、「開館日に行きたい!!!!」とおねだりをしたのだが、普通に仕事だったので、それは無理と断られる。


仕事なら仕方ないよね、とは思いつつ、ドラえもん好きとして絶対に開館日に行きたかった私は、めちゃくちゃ落ち込むと同時に、勝手に拗ねた。


今度の休みに連れて行くから、という親の言葉も受け入れず、無言で床に突っ伏して固まるという頑固ガキムーヴをかましたのだった。


そんな自業自得な理由でタイミングを逃してしまい、気付いたら大人になってしまっていた。


行こうと思えばいつでも行けたのだが、行かなかったのにはわけがある。


15年前、私は藤子・F・不二雄ミュージアムへ親と一緒に行きたかったのだ。

大好きなドラえもんを親と一緒に楽しめたら良いな、というそれだけの理由だが、当時の私にとってはそれがとても重要なことだった。


そんな当時の気持ちを裏切ってしまうような気がして、一人で行くとか、友達と行くということもなかった。


そろそろこの気持ちを処理しなければな、ということで。


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15年越しの夢を叶えるために、親と来ました。

藤子・F・不二雄ミュージアム。


開館時間ぴったりの午前9時に入場。

人もまばらで良い感じ。


客層はカップルとか親子連れも多い印象。

遠足の小学生もみんな熱心に見て回っていた。


F先生の作品がいつの時代も幅広い層に愛されているということを、改めて実感した。


老若男女、みんなワクワクしながらのび太君の家の模型とか覗き込んでいて、すごく心地よい空間だった。


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あまり長々と書きすぎてもアレなので、ミュージアム内で特に印象に残ったポイントを簡単に紹介しよう。


まずはなんと言っても原画。

ミュージアムのメイン展示品だ。


歴史に残るもはや国宝ともいえるような原画がとんでもない数 飾られている。


近くでよく観察すると、線と線のつなぎ目が見えたり、彩色のときのF先生の筆の動きまで見えてくるのだ。


『パーマン』も『オバQ』も、F先生の作品は小さい頃から大好きだったけれど、やはり『ドラえもん』の生原画を見たときの感動は凄まじかった。


日本人で知らない人はいないであろう、あまりにも巨大なコンテンツである『ドラえもん』。


ひとりの漫画家がゼロから生み出し、定規やら修正液やらを使って手で描いていたという事実を改めて突き付けられると、畏怖の念を抱かざるを得ない。


それから印象的だったのが、外の広場にあるこのコーナー。

毎度お馴染み、「空き地の土管」を再現した撮影スポットだ。


子どもは実際に中に入って遊んだりもできるようになっている。


このコーナーの近くに立てられていた看板。

「撮影されるお客様、お遊びになるお客様、皆様ご一緒にお楽しみください。」


ワクワクする気持ちをみんなで共有したり、人が楽しんでいる姿も含めて楽しめるのが、いちばん良いもんね。


大人も子どもも一緒に楽しめるコーナー。

この看板がまさに、『ドラえもん』の持つ偉大な魅力を表していると思った。


あともう一点、今回印象に残ったポイントがあるのだが、それが「F先生の実物大の手の銅像」。


実際に触ってみて、意外と小さな手をしている方だったんだな、とか、この手から名作の数々が生み出されたのだな、とか感じられるというコンセプトの展示なわけだが、遠足の小学生が銅像の手を握り、「冷たい……」と呟いた後どこかへ走り去っていくのを見て、そんな感想があるかよと爆笑してしまった。


その後は川崎大師で初詣。

初詣期間なので出店(でみせ)もいろいろ出ていた。


ここでもドラえもんを発見。

と思ったのだが、よく見たら、




どこにも「ドラえもん」という名称が書かれていない。


「ドラちゃん」という完全オリジナルキャラクターだった。





帰宅。

いくつかお土産も買った。


「どらやきだいすき ドラえもん」フィギュア。


ドラえもん初登場の原画ポストカードと、劇画オバQの原画ポストカード。





ドラちゃんカステーラ。


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2月を振り返る

シン・ブライト変隊☆ワンママン

小学生の頃からモノブライトというバンドが好きだったのだが、2017年に活動休止。


当時中学生の私は「とうとうライブにも行けなかったな、トホホ……」なんて思っていたのだが、なんとモノブライト、2024年に一夜限りの再結成ライブが開催決定!


当然チケット争奪戦になり、見事に落選しました。


しかし!


2025年1月・2月に、大阪・東京での追加公演が決定!

というわけでウッキウキで行ってきました。


会場は新代田FEVERというライブハウス。

下北沢のすぐ近くです。


人でごった返すロビー。

活動休止から10年近く経ってもここまでの動員をするのだから、モノブライトとんでもないぜ。


ライブ中の撮影の可否に関するアナウンスはなかったので一応写真は撮らなかったが、めちゃくちゃカッコよかった。この一言に尽きる。


最初で最後になるであろうモノブライトのライブ、目と耳に焼き付けてやるぜと思って熱心に見ておりました。


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よつば と

『よつばと!』16巻発売。

新刊をきちんと本屋に買いに行く漫画って、思えば『よつばと!』だけになってしまったな。


15巻が出たのは2021年で、私はまだ高校生だった。


あれから4年。

もう大学の卒業も見え始めてきている時期だ。時が流れるのって、早すぎる。


私も『よつばと!』みたいな、4年間で1ヶ月しか進まない世界で暮らしたい。



『よつばと!』の時間感覚で考えると私は5歳です。

優しく接してください。


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3月を振り返る

豊橋でラーメン食う奴

豊橋でみんながきしめんを食べる中、ラーメン頼む奴。


日本海へ行こうかい

日本海方面を青春18きっぷでいろいろまわる旅。

知り合いと行ってきました。


丹後鉄道って初めて乗ったけど、運賃に対してちょっと豪華すぎる。

また行きます。


4月を振り返る

浅草からまんまで千葉

お金かけずに遊びたいね、ということで「東京から千葉方面へ歩こうの日」が爆誕。


スタート。


ゴール。

道中、特にこれといったハプニングとかもなく、普段サイゼリヤでドリンクバーを飲みながら話すようなことを7時間くらい歩きながら話しただけだった。


別に千葉に行って何をするということでもないので、そろそろ頃合いかなというタイミングで電車に乗って帰った。


なんだったんだこの一日。


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5月を振り返る

四万ブルー





曇りすぎていた。


また風邪

体弱すぎてすぐ風邪ひいちゃう。


この容器ってヨーグルト以外にも使っていいんだ。


6月を振り返る

群馬県立歴史博物館

何の用事もないがフラッと群馬県に行った際、あまりに暇すぎて立ち寄ってみた「群馬県立歴史博物館」。

これが想像以上に良かった。


貴重な品々がズラリと並んでいて、しかもレプリカでなく実物がかなり多い。

この水瓶とか、大々的には書かれていないが普通に国宝とのこと。


解説もポップな感じで可愛らしいし、わかりやすい。


館長自ら「石で槍を作る方法」を解説してくれる映像も興味深い内容だった。


手に持ちやすい丸い石をハンマーにして、黒曜石に打ち付ける。

そうやって黒曜石を薄く細く削ってゆき、それを棒の先端に付ける。


で、ぶん投げる



ドスッ


Excellent


皆さんもぜひ行かれてみては。


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7月を振り返る

ワクワクさんの給料

固定残業とかあったんだ。


帰ってきた雑記

モロサレドを開設する前にやっていたサイトで、2019年から週一の日記みたいなものを書いていた。

7月からこれを復活させたので、近況はそっちに書いてあり〼。



8月を振り返る

雑記にすべて書いています


9月を振り返る

免許取得

大学時代に取っておかないと、いよいよ取る時間が無くなるぞと思い、急いで免許取得。


好きな言葉は「暗順応」。

理由は、ローマ字入力でnが多いため。


大学の講義がない日はほぼ毎日教習所に通い、終わったらアルバイトという日々を送っていたため、8月9月はほとんど記憶がない。


免許を取った日に投稿しようと思ったけど、ギリ炎上しそうと思ってやめたツイート。


switch2

ローンチタイトルにそこまで惹かれるものはなかったのだが、新ハードを発売直後に手に入れるというビッグウェーブに乗るため、switch2の抽選に応募。


6月の発売からいくつものサイトで応募し続けては落ちるのを繰り返していたが、9月にしてついにきました。


ありがとうAmazon。


switch2を買うお金が無かったので手元のswitchを売って軍資金にしたのだが、特にバックアップなどを取っていなかったため、全ゲームが0からやり直しになった。


また0から楽しめるなんて、最高だ!と思った。


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遊びつくせ! 暴走半島

ドライブ卒業旅行(房総半島を一周しましょうの旅)。


私とスーパー毒素くんと、中学時代の友人。


最初に訪れたのは、富津岬(ふっつみさき)展望台。


富津岬は東京湾の内側に食い込む形で伸びた半島であり、横須賀と富津岬の間は東京湾の中で最も狭い場所として知られている。


以前、東京湾を船で通ったときにも少しだけ話題にあげましたね。

未視聴の方はぜひ。


そんな前知識があったため結構楽しみにしていたのだが、


晴れてもいないし曇ってもいないという、まだ名前のない気象状態だったため、対岸の横須賀は見えず。


この気象状態を、「横須賀見えなすぎ」と名付けた。


その後は明治頃に掘られた切り通しのトンネルに行ったり、


インスタ映えスポットとして有名な桟橋に行き、


電柱によじ登ってふざける毒素くんがカップルに笑われているのを遠目で見たり、


夜はバイキングでありえない夕食を食べたり、


食後は花札で盛り上がったり、


朝はバイキングでありえない朝食を食べたりした。


バイキング下手すぎるだろ。


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10月を振り返る

ブロガーとして人と会う

最初にブログを始めたのが2016年、小学6年生の冬とかだったので、サイトが変わったり記事のテイストが変わったりしつつも一応10年ほどブログをやってきました。


いちばん最初に始めたブログは漫画日記で、当時絵を描くのが好きだったので、ほぼ毎日1ページの絵日記を投稿していた。


サイトは中学生の頃に抹消してしまったため、データがほとんど残っていないが、一周回って面白いみたいなこともなく普通につまらないので、消して良かったと思っている。


そこから商品紹介(商品紹介ってなんか昔のYouTuberみたいで懐かしい響きだ)的な記事を書いたり、友達と共同運営のサイトをいくつかやってみたりして、なんやかんやで2020年にモロサレドを開設。


今までは「忍者ブログ」とか「はてなブログ」という無料のブログサービスを使っていたが、2020年にWordPressというサイト構築システムを使って自分で「モロサレド」を作った。

ようやく安住の地を見つけた(というか作った)わけだ。


マ、それはさておき.。

10年以上ブログをやってきた私ですが、ブロガーの横の繋がりみたいなものがこれまで一切なかった。


Twitterはやっていたが、最初の頃は他のブロガーと話したいという感情が一切なく、誰も見ていないブログを一人で延々と更新し続けていた。

どういうモチベーションだったんだろう。


中学の途中くらいから、「同世代のブロガーってどんな人がいるんだろう?」と思って、「#ブログ初心者と繋がりたい」とかで検索するようになった。


しかし、この頃にはもうブログの時代は終わっていて、小学生のなりたい職業ランキング1位がYouTuberみたいな時代だから、我々の世代はみんなYouTubeに目が向いていた。


ブログをやっている同世代を見つけても、たいていはマネタイズ系のブロガー(いわゆる、お金儲け100%のブロガー)であり、あまり話が合わないかも、と不安に感じてアクションを起こせなかったことを覚えている。


大学に入ったくらいの頃から、「楽しく記事を書いてそうだな」と感じる人をちらほら見かけるようになり、相互フォローの関係になるということが増えていった。


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というわけで、「楽しそうに記事を書いてそう」の筆頭、ささちゃわさん(@sasatyawa)に会って来た。


2024年頃からサイトを読み続けており、読了後には記事のリンクをお互いの中学時代のクラスLINEに無言で貼り付けては無視される仲だったのだが、ついにお会いすることができた。


集合は池袋。

昼食を取った後、街歩きの謎解きイベントに参加する予定となっている。


ちなみに、ブロガーとしてあり得ないことだが、この日は一枚も写真を撮っていなかったので、スマートフォン内のそれっぽい画像とともにエピソードを書いていく。


12時、アニメイト前で集合。

なんか、集合場所がアニメイトって、ネットの人と会うという感じがする。


アニメイトって、「ネット」という感じがする。

看板青いし。


インターネットって青だから。


サイゼリヤでミラノ風ドリアを食べ、お互いのTwitterの話なんかを軽くして、いよいよ街へ繰り出す!

初めての謎解きイベントでドキドキ。


結果から言うと、私はあまりにも謎解きが苦手で、ずっとうーんうーんと唸り続けていた。

ささちゃわさんはすぐに答えに辿り着いて、私が閃くのを待ってくれていた。

申し訳ない。


しかもその間、無数の蚊がささちゃわさんを襲い、私がようやく閃いたころにはささちゃわさんがボコボコになってしまっていた。


本当にすみません。


だんだん辺りが薄暗くなってきて、ちょっと一休みしましょう、ということで公園のベンチに座って雑談を始めたら、気付けば21時とかになっていた。


どんな風に記事書いてます?とか、ブログこれからどうやっていきます?とか、普通に真面目な話をしていたらあっという間に5時間とか経ってしまっていたのだ。怖い。


怖いと言えば、お互いのネタ帳を見せ合おうみたいな話になったとき、ささちゃわさんが「キッチンカーにはねられてみよう」という企画をメモしていて怖かった。


あと半年で社会に出て行かなくてはならない、大学4年の初秋。

学生時代のほとんどの期間 ブログをやってきたわけだが、これからどうしよう?


私はかなり筆が遅いほうなので、仕事と記事制作を両立できる自信がまったくない。


そしてもう一点、学生時代の最終的な目標として、記事の収益である程度生活ができるようにしたいと考えていたのだが、力不足でそこまでには至らなかった。


高校、大学時代は実家暮らしだったので、生活のことなんか考えずブログの収益をまるっと使えたが、これからはそうもいかない。


根本的に、これからの活動の仕方を考えなおす必要があると感じた。




ささちゃわさんとの会話の中で、「いろいろなブロガーに会ってみたいので、オフ会をやってみよう」という話になった。


このイベントを、「ブログ」という私にとっていちばん大きな学生時代の思い出の最後にしようと決めた。


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11月を振り返る

渋沢栄一ん家

これと言って書くこともないのだが、埼玉観光に行ったとき、たまたま渋沢栄一さんの生家を見つけ、行ってみたら結構面白かった。


無料なのに映像の展示なんかもあり、かなりしっかり整備されている。


そして規模に対して常駐のスタッフが妙に多く、どこから利益を得ているのかが謎だったが、1万円マンa.k.a.渋沢さんのおうちとあれば、それくらい潤沢に資金があって当然だろう。


観光客も割と少なかったし、埼玉観光の隠れた穴場かもしれない。


12月を振り返る

特撮と福島

福島にきた。


卒論がまったく完成していないので、福島に来ている場合ではないのだが、福島に来た。


そう、私は今、ホテルで笑点を見ている場合ではないのだ。


無料の夜カレーを食べている場合でもない。


食後に街へ出て、趣のある看板を見ている場合でもない。


テンションが上がって、駅のお土産屋で「赤べこ黒柴」のキーホルダーを買っている場合でもない。


卒論を書きましょう……。


マ、それはそれとして、観光は観光。

翌日は須賀川(すかがわ)観光だった。


福島県須賀川市は、ウルトラマンの生みの親・円谷英二監督の出身地。


以前ツイートもしたが、初めて須賀川に行ったのは中学1年生の頃。


当時は「中学生でウルトラマンが好きなのかよ!」みたいな周りの目をビシビシと感じていたが、大学生にもなるとむしろ逆で、「サブカル的にですか?」みたいな目で見られる。


違う気もするけど、体裁が良いのでそういうことにしておこう。

サブカル的にウルトラマンが好きです。


以前来た時にはなかったものとして、「特撮アーカイブセンター」が2020年に開館している。


このサイトの読者で特撮好きの方はゼロに等しいと感じているので、キモ・オタク的解説は避けるが、特撮に関する歴史的資料を保存・研究する日本初の施設だ。


『エヴァンゲリオン』シリーズや『シン・ゴジラ』で有名な庵野秀明監督らが発起人となり誕生した。


この、夢のような景色。


手前にあるホワイトタイガー型のロボットは『侍戦隊シンケンジャー』の虎折神ですね。


食玩のおもちゃ持ってたな~とか思い出して懐かしい。


スタジオジブリ制作、庵野秀明監督作品として公開された実写特撮『巨神兵東京に現わる』が館内上映されていたので視聴。


平日の昼間に行ったので、観客は私以外に老夫婦がいるだけだった。


“実写版エヴァンゲリオン”なんてふうにも言われる本作は、林原めぐみさん(綾波レイ役の声優)が淡々とモノローグを読み上げ、巨神兵によって東京の街が破壊されていく様子を描いた短編。


劇的な展開があるわけでもなく、魅力的な人物がいるわけでもない。

ただただ、東京が無残に崩壊していく様を描いている。


10分ほどの本編上映後、ここでしか見られないメイキング映像『巨神兵が東京に現われるまで』も同時上映。


これCGじゃなかったのか!とか、あのシーンはこうやって撮ってたのか!みたいな発見があって、本編の凄さを改めて実感できる。


メイキング映像が終わり、場内が明るくなった時、老夫婦のうちの一人が、「ただの自己満じゃんw」と気持ち良いまでの冷笑をしていたが、まさにその通りだと思う。


そして、自分が満足できるものを作るのが、いちばん難しい。


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スト6

switch2版のストリートファイター6を買ったので、暇なときにちょくちょくやっている。


友達には勝てるが、オンラインマッチで知らないユーザーとやると話にならないレベルで負けてしまう。


もはや戦いにならない。

Aボタンを押そうかな、と思った頃には負けてる、みたいなレべル。


友達とだけ対戦して、一生悦に入ることにします。

楽しくなくちゃ、ゲームじゃない。


学生ブロガー交流会

12月13日。

学生ブロガー交流会というオフ会イベントをやりました。


参加者はささちゃわさん(@sasatyawa)、嵐風さん(@arakaze_blog)、polteriumさん(@polterium_pol)、私。


私以外全員が「低画質処理」というサイトのライターなので、普段からやり取りはあったそう。


私だけアウェイ……!?

大丈夫です。ささちゃわさんと嵐風さんは一度会ったことがあるようだが、基本みんな初対面。


私は複数人での会話がかなり苦手で、4人以上になると途端に口数が減るという終わり要素があるのだが、イベントのメインがボードゲームだったのでなんとかなった(ギリ?)。


13時に始まり、19時頃に終了。

polteriumさんが銃を暴発させてしまい、弾丸がささちゃわさんさんの顔の数mm前を掠めたりもしたが、大きなアクシデントはなく無事終了した。


夕食はみんなで近くのガストへ。

低画質処理ライターの弔井ラテアー子さん(@tomurai_rateak0)も駆けつけてくれた。


実質、低画質処理ライターとの食事会だ。

低画質処理ファンの人、うらやましいだろう。


結局あんまりブログの話はしてない気がする。

しかし、同世代のブロガーが目の前に集まっているという事実は、かなりインパクトがあった。中学時代の自分に見せてあげたい光景。


ありがとうございました!


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これからのモロサレド

さて、イベントも終わり、これからどうしよう、と考え始める。

(いろいろあって、2026年2月にもう一度オフ会を開くことになるのだが、それは一旦置いておきます)。


年が明けたらすぐに引っ越しの準備に取り掛からなくてはならない。

物件を探しつつ、荷物をまとめつつ、家具などを買い揃えるためのバイト代を稼ぎつつ……。


実は2025年は継続してかなり体調が悪く、結構参ってしまっていたのだが、そんな状況なのに忙しい毎日を送った結果、2025年末から2026年初頭は精神的にかなり余裕がなかった。


そんなときに「これからどういうふうにやっていこう?」なんて考えても、まともな答えに辿り着くわけがないとわかりきっていたので、とりあえず春まではブログについて考えることを一旦保留することにした。


中途半端にやるのは避けたかったので、ブログの撮影は一切していないし、Twitterもログアウトしていた。


で、春から一人暮らしが始まって、生活のために働いて、やっと落ち着き始めた初夏の頃に、やっと今後について考え始めた。


結論としては、「モロサレド」含めコンスタントに記事を書いていくつもりだ。

更新頻度はこれまで以上に落ちてしまう可能性が高いが、ゆっくりでもやっていけたらと思っている。


YouTubeに関しては、これまでアップしていたようなvlog的な動画は終了する予定だが、そもそも動画のアップロード自体、再開未定だ。


しかしこちらも、態勢を整えて動かすことは考えている。


ブログにしろYouTubeにしろ、やりたいことをやるということを前提としつつ、ある程度自分の中で目標みたいなものを設定してこれまでやってきた。


小さな目標をいくつも設定し、それを一つずつクリアしながら最終目標を目指すという、よくあるあれだ。


モロサレドで言えば、月間アクセス数とか、検索順位とか、その辺がわかりやすいだろう。


ある程度自分の中でまた目標が立てられたので、やるべきことが見えてきた。


とりあえず記事を書きましょう。


遊星より愛をこめて

なんか特撮の話ばかりですみません。


でもこれが私のリアルだから。

My REAL。My Hip-Hop。


『ウルトラセブン』幻の第12話。

1967年12月17日に放送され、当時は特に問題視されていなかったが、1970年にある事件が発生し、作品に抗議が寄せられることとなった。


センシティブな話題だし、詳しく説明をする必要性も特にないので、気になる方は各々調べてみてほしいが、ともかく、ウルトラセブン12話はそれ以降完全封印状態となってしまった。


再放送やビデオへの収録はもちろんないし、当時は番組録画なんて機能も存在しなかったので、本当に映像が残っていない。


1980年代に何らかの裏ルートから映像が広まったことがあったそうで、特撮オタクたちがダビングしまくって共有したそうだが、そのガビガビの映像が何年か前までニコニコ動画に存在していた(今は不明)。


私は中学生の頃にそこで初めて12話を見たわけだが、画質も音質も悪くて、正直ぜんぜん面白くなかった。


何言ってるかわからないし、ウルトラセブンの大好きなポイントである映像美もまるで感じられなかった。ストーリー自体も、よく言われることだが、名エピソードの多いウルトラセブンの中では地味なほうだ。


そんなわけで、12話に対してそこまで情熱がなかった私は、あまり積極的に12話について調べたりはしていなかったのだが、2025年末、とんでもないニュースが耳に飛び込んできた。


4K画質並みのウルトラセブン12話本編が、突如としてニコニコ動画に非公式アップされたのだ。


一説では、円谷プロダクション内部の何者かが映像を流出させたのではないかと言われているが、私もそうだと思っている。


これは明らかにマスターテープを基にして映像をリマスターしたものだ。


Blu-rayの発売やNHK BS4Kでの全話放送に際し、とりあえず12話もデジタルリマスターを行っていたのだろう。


そんなことは円谷プロ関係者しか知らないし、その映像を手に入れることも円谷プロの人間にしかできない。


一生封印という災難に遭った本作を、日の目の当たるところに引っ張り出したいという気持ちは、よくわかる。


ただし違法アップロードなので、もちろん法的に良いことではない。

したがって、視聴も推奨されるものではない。


私がその本編をニコニコ動画へ観に行ったのかは明言を避けるが、ひとつ言えることとしては、今回の件を通して、これまで私が感じていた12話へのマイナスなイメージは一気に消えたということだ。


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第9でさようなら

年越しは第九。


ガキ使の特番も何年か前に終わってしまったし、紅白もなんだか見る気になれない。

でも、なんとなくテレビはつけていたい。


そんなときのEテレ。そんなときの第九。


1年ありがとうございました。


2026年もよろしく

あと半年もないですが……。

2026年も、よろしく……(←クールキャラ)。


9月5日22時からYouTubeで生配信します。

この振り返り記事を見ながら話したり、もろもろやります。

時間のある方はぜひ。





【最後まで読んでくれた優しいあなたへプレゼント】

剝がすの途中でやめたんだろうな

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