「上を向いて歩こう」。
昔、誰かがそう歌っていた。
古い曲なのに、なぜかみんな知っている。
日本人なら誰でも口ずさむことのできる名曲だが、改めて考えてみると、私たちは本当に上を向いて歩けているのだろうか?

夏。
セミの鳴き声がアスファルトにこだまする東京の街で、そんなことをひとりぼんやり考えた。

就活に出遅れた結果、夏休みももう終わるというのに就職先は未だ見つからない。
今日の面接も手応えはなし。
今まで数社の面接を受けてきたが、今回がダントツで酷かった。
自分の不甲斐なさを実感し、気分がどんより落ち込む。
上を向いて歩くなんて、とてもじゃないけれどできない。
来年、私はきちんと働いて、食べていけているのだろうか?
焦燥感が汗とともに体にまとわりつくのを感じる。

じっとしていられず勢いよく立ち上がったものの、この感情をぶつける先はどこにもない。
また下を向き、トボトボと駅への帰路を歩いていると、道端にあるものを見つけた。

雑草だ。
人々が行き交う銀座の街で、雑草は懸命に命の灯を燃やしている。
自分なりの居場所を見つけて逞しく背伸びする姿がそこにあった。
誰からも見向きもされない。
でも彼らは地面に這いつくばりながら、懸命に生きている。
そのことに気が付いた瞬間、不思議と、雑草の声が聞こえた気がした。

「下を向いて歩こう。すぐそばにある小石につまづかないように。自分自身が持つ、”最も身近で最も大切な何か”を忘れないように」
上を向いて歩かないからこそ、気付けることもあるのだ。
時には、下を向いて歩こう。

私は街に生えている雑草の”声”を聴くため、駅の入り口を通り過ぎ、おもむろに歩きだした。
意外な事実

雑草を探しながら下を向いて歩いていると、今までは考えもしなかった事実に気が付く。
銀座のように高級店が立ち並ぶ街では、雑草がかなり少ない。
店の前の道路は店員によっておそらく毎日、綺麗に掃除がされていて、葉っぱ一つ落ちていないのだ。

雑草が最も育ちやすい「街路樹の植え込み」も、中央区の職員によって徹底的に管理されており、小ぎれいな低木と草しか生えていない。
しかし。
そんななかでもひっそりと、地味ながらも懸命に生き続ける雑草たちがいた。
ここからは、この日出会った雑草たちの「言葉」を、雑草の生えていた場所の写真とともに紹介していく。
戸惑い、傷つき、ふと立ち止まって、「上を向いて歩くことなんてできない」というときは、雑草たちの言葉を思い出してほしい。
雑草の”メッセージ”を辿って

銀座の中心的な道路である外堀通り。

歩道の端には、ベンツやポルシェの風に揺られながらも必死に台地に根を下ろす雑草の姿があった。

「高級車のタイヤが風を巻き上げるたびに思うんだ。君たちは速く行くけど、僕は深く生きていたい」
コスパ、タイパに囚われすぎている我々現代人は、「今を生きている実感」を失ってしまっているのではないだろうか。
しっかりと根を張り、深く生きてみたい。
効率よりも大切なものに気が付いた瞬間だった。

次に見つけたのは、高層オフィスビルと歩道の隙間。

「小さいけれど、立っている。それだけで充分だ」

オフィスビルが立ち並ぶ下で、せわしなく歩き回る私たち。
さらにその足元で、雑草は隙間を見つけて命を繋いでいた。
か細く小さな体でも、凛として地に立つ姿からは強い生命力を感じさせる。
大きさなんて関係ない。しっかり地面に立っていることが重要なのだ。

次に出会ったのは、街路樹の植え込みに一つだけぽつんと生えていた雑草だ。
きっと近いうちに除草作業が行われ、取り除かれてしまう。
彼はそんな自分の境遇をすべて悟っているかのように、ただ一言、こう言った。

「終わりの時が来ることを知っていても、伸びるのをやめる理由にはならない。そうだろう?」
命尽きるまで、成長を続ける。
その熱い根性こそが、人生をより豊かにする鍵なのかもしれない。
もう少し頑張ってみよう。
拳にグッと力を入れ、決意を新たにまた歩き出した。

少し歩くと、アスファルトに潰されながらも成長を続ける雑草を発見。
困難な状況でも、ここまで大きく成長を続ける姿に感銘を受けつつ、彼の言葉にそっと耳を傾ける。

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる潰れる」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
こういうこともあるよね。

しばらく歩いているうちに、気が付くと裏路地に入り込んでしまっていた。
人通りはまったくない。
タバコを吸うサラリーマンが一人いるだけの、うらぶれた通りだ。
無数のタバコがねじ込まれた排水溝の隙間に、雑草の姿があった。

「なんじゃボケ」

「失せんかいガキ、コラ」
めちゃくちゃ荒(すさ)んでた。
はじめは、生きることに精一杯の純粋無垢な種のはずだった。
薄暗い路地裏という環境は、「生命」をここまで変えてしまうものなのだろうか。
タバコの匂いが漂うなか、私はこの雑草に寄り添ってみたいと思った。
目を閉じ、またそっと耳を澄ます。
彼の心の奥底に眠る、本当の言葉を求めて。

「おうボケコラ」

「何勝手に入って来てパシャパシャ写真撮っとんねん。雑草や思て舐めとるやろ、自分」

「なんや、ぎょうさん写真撮っとるけどネット記事かいな。どうせ、しょうもない記事書いとるんやろ」

「お前みたいなもんはな、最近コイツよう記事出しとるな思ったら急に半年くらい更新しなくなって、そのくせツイッターはちょくちょく更新して、ツイート見てみたら遊んでばっかりってところやろ」

「そんなんやから就活も
むしり取りました。

続いて出会ったのは、ビルとビルの間の雑草。
ほとんど陽の光も当たらないような、暗くて狭い場所で、彼は何を思うのか。

「うちの陸上部のOB、逃走中でハンターやってるって知ってた?」
しょうもない中学生の雑草だった。

「パソコン室の匂いってなんかいいよな」
あの匂い、なんだったんだろうな。

「美術室前の廊下、普段人通りが少なすぎないか?」
中学生というより、ふかわりょうのネタみたいだな。

続いて見つけた雑草は、なんとあの高級ブランド「ルイヴィトン」の目の前。
気品に満ちたこのセレブな空間で、しゃがみこんで雑草の写真を撮る姿は完全に不審者のソレだったと思うが、私は強い意志を持ってカメラ片手に耳を澄ませた。

「君たちは“価値”を纏う。でも僕は、ただ“命”という価値を纏っている」
そうそう、これこれ!
久々に名言きましたね。
本当の価値って何なんだろう?
きっと、人によって色々種類はあるけれど、生き物に共通している唯一の価値あるものが“命”なんだと、雑草は教えてくれた。
温暖化による異常な暑さの日も、警報が出るほどの強大な台風がやって来た日も、彼はここで命を繋いできた。
生まれてからの年月で言えば、我々の方が年上かもしれない。
けれどこの雑草は、今まで幾多の困難を乗り越え、年齢を超えた境地に達しているのだと実感した。

「体育の授業でベースボールやるとき、グローブが手に全然馴染んでない感じがして気持ち悪いよな」
中学生だった。

今度は、スターバックスの前で雑草を発見。
都会のオアシス的存在であるスターバックス。
店先は綺麗に清掃されていたが、ただひとつ、見落とされたのか、まだ除去されていないだけなのか、雑草が生えていた。
しかも先端には可愛らしい、小さな黄色い花が咲いており、その姿を見た瞬間、何か強いメッセージのようなものを感じざるを得なかった。
この雑草は今までの雑草とは違う、特別な何かを伝えようとしている。
直感的にそう感じ取った私は、急いでしゃがみこんで雑草に顔を近づけた。

「普通に、早く帰って次回の面接対策したほうがいいと思う」

……。
普通に、か。
落ち込んだ現代人に雑草が話しかけてきたら面白いんじゃないか、と考えて、そういうネタ記事を書こうと思い立ち、面接後に銀座を歩き回って2時間。
サラリーマンやOL、そして警備員たちに白い目で見られながら、「雑草が言ったら面白いこと」を考えつつ写真を撮り続け、気付けば日も暮れ始めていた。

「普通に、早く帰って次回の面接対策したほうがいいと思う」。
これは結局、自分が心の奥で思っていたことなのかもしれない。
こんなことしている場合じゃない。
そんなこと、はじめからわかりきっていたのだ。





銀座の街に、雑草が一人。

コメント